SJ編集長エッセイ 005

WANDERLUST


RUN IN THE MORNING

WANDERLUST 005

SJ編集長エッセイ 005

WANDERLUST


RUN IN THE MORNING

― MRIだけじゃわからないですねぇ。でも、これならできるだけ早く手術して、取ってしまった方が良いと思いますよ。

ジョギングをはじめたのは、39歳になって間もない頃だった。それから1年程が経過し、早朝のジョギングが苦痛ではなくなった頃に、会社の健康診断結果にて「要精密検査」のお知らせを頂戴した。ご丁寧に電話までいただき、肺に怪しい影がみえるから詳しい検査を、と強く促されたりもした。さすがに電話までかかってくるとなると、いささか焦る。

来るときがきたか、と考えたりした。

なにしろ、20代から30歳前半のボクは猛烈なヘビースモーカー。多い時は、一日に80本のタバコを吸うこともあったし、少なくとも40本は毎日煙にしていた。今では考えられないけれど、ボクくらいの喫煙者がそんなに珍しくもなかった時代だ。その時はすでに禁煙から7年は経過していたものの、通知を受けとったボクは、

― そりゃガンにもなるわなぁ

と妙に納得しない訳でもない。

重苦しい気分に塞がれたままのボクは重い腰を上げ、歩いて行ける距離にある自宅近くの病院で検査してもらうことになった。

病院までの道のりは、まだほんのり残る寒さと春の陽気の予感をたずさえた、これ以上ないほどの日本晴れだった。晴天の霹靂というのは、青い空に突然雷が鳴り響くさまをいうそうだが、今の自分の心境にこれほどぴったりな言葉はない。

そして今歩いている道は、いつものランニングコースでもあった。

まだ時間には余裕がある。すこしばかり遠回りしてコースを歩きながら病院にいこう。

そうして、ぼけっと歩いていると、つらつらと色々なことが脳裏をよぎった。

生まれたばかりの息子はまだ1歳で、自分で立ち上げた会社もまだまだ不安定。

癌だったらホント困るなぁ。喫煙しているときは、「人間どうせいつかは死ぬさ」とうそぶいていたくせに、もっと早くに禁煙しとけば良かったなぁ、とさえ考えた。

― 人間って弱いなぁ、あ、じゃなくてオレが弱いのかぁ。

まだ診断も聞いてない、というか検査さえも受けていないくせに、青い空が儚く見えるせいか、もうすでに余命でも伝えられたかのように、柄にもなくしんみりとしてしまった。

だけど不思議なことに、いつものランニングコースを通って病院に向かって歩いていくうちに、次第と気分が上向いてくるのが自分でもはっきりとわかった。

青い空は不吉な何かを暗喩するものではなく、ただ爽やかな春の陽気としてそこにあった。

そのとき、ボクは悟った。検査の結果がどうであろうと、歩みを止めなければ良いだけだ、と。そうすれば、きっとまた、こうして青い空を前向きな気持ちで仰ぎ見る日がくるだろう。家から病院までの短い距離だったけれど、あっという間に気持ちが変化してみせたのは、このとき歩いていたのがいつものランニングコースだったからだろうか。

ボクの心は目まぐるしく変化しつつも、だがやがて、まるで朝のジョグを終えた後のように、すっきりと気持ちを落ち着けて検査に向かうことができた。

その時の診断結果を受けて、担当医から告げられたのが冒頭の言葉だ。

そして、検査するよりも早く手術でとってしまう方が安全という先生の判断で、数週間後には緊急手術と相成った。実にバタバタと、段取りが決められていった。

後日、手術で取り去った腫瘍は見事に悪性だったが、早期発見のおかげで転移もなく、無事に終了。そして手術の4日後には、もう退院だ。あまりも呆気なく早すぎる展開に、喜んだり悲しんだりする間もなかったが、それは自分が幸運だったということに違いない。

今からもう10年以上前のことなので、どこまでも鮮明に覚えているわけではないけど、あのフワフワとした落ち着かない気持ちと、突然スイッチが入ったかのように心持ちが変化したことは今でも思い出すことがある。

病院に向かう途中、いつものランニングコースを歩いたことで、ざわついた気持ちをすっかりと鎮めることができたのかもしれない。

ランの最中は瞑想しているかのように心が深く落ちつくことが多い。

走ることは、前向きな心を育ててくれる。

なんとなくではあるけれどそう信じて、今でも毎朝のんびりと走っています。

しゅう Shuichi Ashikaga

COLUMN