SIDEWAY – 寄り道のススメ
すべての挑戦者へ

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すべての挑戦者へ
長距離ライディングが見せる
生きることの素晴らしきドラマ


ブルベ―――それは、もはや「旅」と呼んでも過言ではない、自転車の長距離ライディングイベント。世界一過酷なバイクレースと言われるBAJA1000に挑んできた三上氏に、その「旅」を通じてしか知ることのできない悲喜哀歓を思い出させたのが、そのブルベを撮影した珠玉のドキュメンタリー「ロンドン・エディンバラ・ロンドン」です。プロレーサーではない、「普通」のライダーが、限界に挑む姿から見えてくる人生の縮図ともいうべき世界とは!?

 ハンドルを握って前方を見据えながら、ひたすら走り続ける。やがて、さっきまで体に熱い熱を与えていた太陽は西に傾いていく。青空がピンク色に、そしてオレンジに変わっていく時間帯になると、心に焦りが湧いてくる。陽の光がわずかでも残っている間に、少しでも進まなければ、と考えるのだ。

 僕は1992年から2015年まで、数回に渡って約1600kmをノンストップで走る砂漠のレースにバイクで参加してきた。メキシコ、バハカリフォルニアで開催されているBAJA1000という、バイクと車のレースだ。

 そんな僕に、長距離ライディングの記憶を呼び覚ましてくれた素敵なドキュメンタリー映画を見た。イギリスで1989年に始まった、「ロンドン・エディンバラ・ロンドン」という、自転車のブルベ・イベントの記録映画だ。

 ブルベとは、レースではなく、一定時間内に設定された長距離コースを走るサイクリングイベントの総称だ。世界最古の自転車イベントと言われるパリ・ブレスト・パリを筆頭に、世界中でさまざまな大会が開催されている。

 この映画で紹介されている「ロンドン・エディンバラ・ロンドン」は、イギリス南部のロンドンをスタートし、スコットランドのエディンバラまで行き、再びロンドンへと戻る、約1400kmのロングライドイベントだ。

 世界各国から集まる参加者の目標はさまざまだ。最速タイムの更新を狙って走る人もいるし、時間内完走を目標に走る人もいる。コースの途中には休憩や食事、仮眠が出来るチェックポイントが用意されているが、最速ペースで走る選手はほとんど休憩を取ることなく走り続けるという。

 制限時間はこの年の場合116時間だったから、5日間にわたって毎日約300kmを走らないと制限時間には間に合わないことになる。東京から名古屋までの距離を5日間毎日走る、と言えばそのキツさが想像できるんじゃないだろうか。しかも、途中には当然ながら坂道もあるのだ。

 このドキュメンタリーの素晴らしいところは、完走できるかできないか、ぎりぎりのレベルにいる参加者 ―― 限りなく「普通」の人々の挑戦を追っているところだ。

 トップアスリートのような超人的な体力やスキル、精神力をもっているわけではない彼らは、途中で何度も心が折れて挫折しそうになるし、実際諦めてしまう人もいる。怪我や自転車の故障で戦列を去る人もいる。もうやめてしまおうか、それとももう少し頑張ろうか、迷い続けながら走り続ける人もいる。そんな選手たちをチェックポイントで支えるボランティアスタッフたちや、参加者の家族たちも登場する。その応援やサポートには、見てる僕たちも心うたれるし、温かい気持ちになる。

 僕は自転車のロングライドイベントに出たことはないが(ロングライドしたことはある)、バイクでも自転車でも、長距離を走り続けることの素晴らしさと過酷さ、途中で出会う寂しさや辛さ、喜びは全て同じだと感じた。

 諦めずに少しづつでも進むこと。可能性が残っているなら、やり続けること。挑戦することの素晴らしさを教えてくれる素晴らしいドキュメンタリーだ。

「ロンドン・エディンバラ・ロンドン(字幕版)」
監督:Will Stewart, Richard Oldfield, Walter Stabb
54分

三上勝久(みかみ・かつひさ) 1965年、東京生まれ。バイク雑誌の編集を経て、2005年にライディング・ライフスタイル・マガジン『FREERIDE Magazine』創刊。編集長として世界中のレースを取材。地球上で最も過酷なレースと言われるBAJA1000に10度参戦。ライダー、記者としてその面白さを伝えることをライフワークとしている。

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