SIDEWAY – 寄り道のススメ
再び、モンゴルへ

SIDEWAY – 寄り道のススメ

再び、モンゴルへ
パンデミックを抜けて動き出した
冒険の新しい扉

およそ3年近くに及ぶパンデミックな時代を経て、元バイク誌編集長の三上氏が向かったのはかつてレースでも訪れた大草原モンゴル。 日本から数人のアドベンチャーライダーがツアーを組み、そのガイドライダーとして仲間と共に駆け抜けてきました。 コロナのため長く鎖国されていたモンゴルですが、いよいよ再びそんな旅ができるような時がきたのです。

今回のサイドウェイは、彼の国から帰国したばかりの三上氏に、旅の余韻も冷めないうちに書き下ろしてもらった冒険エッセイ。 辺境の地への旅を待ち望むすべての人に贈る、アフターコロナの時代の新章開幕です。

ジョロジョロと、勢いのないシャワーでなんとか汗を流して共用のシャワールームを出た。足が濡れたままだったので、サンダルははかずに手に持ってシャワールームを出る。草原の敷地内に敷かれた飛び石は、昼間吸った熱をまだ蓄えていて、足を載せるとその熱をほんのり感じて気持ちがいい。

自分のゲル —モンゴルの伝統的な住宅だ— に向かって歩いていると、今回の旅のガイドとサポートをしてくれている「こうちゃん」が「裸足いいね! 裸足いいよ、最高だよ」と遠くから大声で話しかけてきた。

「石じゃなくて、地面を歩くともっといいね。自然の力、足から頭のてっぺんに抜けるから、裸足で地面を歩くのはとてもいいよ」という。日本なら、なんだか怪しく感じるスピリチュアルな話だけど、すぐそこの山に沈む大きな太陽が空をピンク色に染めているこの場所では、さもありなんと感じる。


僕は、滞在11日間の予定でモンゴルを訪れていた。仲間が主催した、モンゴルの砂漠をオートバイで走るツアーの同行スタッフとしてだけども。成田の新東京国際空港から、モンゴルの首都であるウランバートルへ飛行機で行く。オートバイは事前に日本から船と鉄道でウランバートルに送ってあった。

ウランバートルから、南に向かい、ゴビ砂漠へ。ゴビ砂漠を含む荒野を1週間にわたって走り、またウランバートルへと戻る行程である。


砂漠エリアでの宿は、テントが2泊、ホテルが2泊、残りの3泊がツーリストキャンプと呼ばれる宿泊施設内のゲルだ。

ゲルは、木でできたベランダのフェンスのようなものを円形に組み、その上に傘の骨のような木材でできた屋根をのせ、全体を羊の毛で作ったフェルトとキャンバスで覆った大きなテントのような住居だ。円形になっている建物の中央上部には天窓があって、昼間には光が入る。寒い時期にはストーブの煙突をこの天窓から出す仕組みだ。

入り口以外に窓がない建物なのだが、天窓があるおかげで圧迫感はなく、心地よい囲まれ感が感じられる建物である。大きさは様々だが、ベッドが2〜4台くらい置かれているところが多かった。8月のゴビ砂漠は35度くらいまで気温の上がる暑い日も多かったが、夜になると一気に気温が下がり、また湿度も低いこともあって快適に眠ることができた。

日の出とともに起きて、朝食をとり、コーヒーを飲んでバイクに跨って走り出す。走るのは、大地だ。モンゴルの国土は日本の約4倍あるが、人口は300万人強、大阪市と同じほどの人口しかいない。そしてそのうちの100万人以上が首都ウランバートルに住んでいるので、国土のほとんどは無人の荒野である。

ウランバートルを出てしばらくは舗装路が続くが、南部に入ると、村と村をつなぐ道は草原や砂漠を貫くワダチ(ピスト)だけになっていく。360度、全方向に地平線が望める大地に何本ものピストが走っていて、どれを走ってもいい。

ナビゲーションはMaps.meという、オフラインでも動く地図アプリをスマートフォンに入れてメインに使っていたが、ピストを走っていて方向がズレていった場合は、ピストのない、まさに大地そのままの場所を突っ切って正しい方向へと向かっていく。時には草原を、あるいは川を、沼地を、そして丘を越えていきたい方向に走って行けるのだ。道ではないのでスピードは落ちるけれども、いきたい方向へと真っ直ぐ走っていけるこの感覚は、日本じゃなかなか得られない、地球そのものを感じるような体験だ。

荒野のなかを、飛んでいくように走っていく。見えるのは真っ青な空と、ぷかぷかと浮かぶ無数の雲、そして放牧されているのだろう動物たちだ。山羊、羊、ラクダ、馬、牛…ときおりそれらの群れがピストを横切って歩いていく。僕らが近づくと、さして慌てるふうもなくピストの外へと逃げていく。

地平線近くを、ものすごいスピードで走っていく数頭の動物が見えた。遠いので正確にはわからないけれど、おそらく野生のガゼルだった。白い毛をお尻につけたガゼルが数頭、土煙を立てて遠くへと走り去っていく。

また、頭が大きく、小柄な体の見慣れないスタイルの馬も見かけた。それは野生馬だよ、とあとでモンゴルのガイドたちが教えてくれた。

広大な土地と自然、荒野、砂漠、緩やかな丘、そして広い空。空を見上げると、地球の丸みに沿って雲が地平線の向こうへと続いているのが見える。モンゴルには何もない。そう言う人もいるだろう。しかし、豊かな自然や、太古のままの風景の中に身を置きたい僕のような人間にとっては、すべてがある場所だ。


夜中、ゲルの中でふと目が覚めて、ゲルの木戸を開けて外に出てみた。すっかり気温が落ちた乾いた空気の中、裸足で大地を踏みして歩き出ていく。しばらく歩いて振り返ると、すっかり灯りの消えたゲルの上に、無数の星たちがまたたいているのが見えた。残念ながら月が明るいので星はさほど明るくないけれども、逆に、夜なのに、雲が風で流されていくのがはっきりと見て取れる。

しばらく僕は、音のない世界に佇んで星空を見て、もう一度眠るためにゲルへと戻った。さあ、明日はどんな風景の中を走るのだろうか。こんな毎日がずっと続けばいいのに、そんなことを思いながら、乾いたシーツの間に体を滑り込ませた。

三上勝久(みかみ・かつひさ) 1965年、東京生まれ。バイク雑誌の編集を経て、2005年にライディング・ライフスタイル・マガジン『FREERIDE Magazine』創刊。編集長として世界中のレースを取材。地球上で最も過酷なレースと言われるBAJA1000に10度参戦。ライダー、記者としてその面白さを伝えることをライフワークとしている。

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