SIDEWAY
寄り道のススメ

「夢の熾火」

SIDEWAY – 寄り道のススメ
「夢の熾火」

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「夢の熾火」

世界中を旅してきた三上氏。ところが、それが繁忙な生活となるにつれ、好奇心の赴くままに「行きたい」と望む場所を見失ってしまいます。そんな彼が、齢50を過ぎてから、再び人生のうちに辿り着きたい場所と出会います。そのきっかけとなった、人生を変えた映画のお話。

ー バイクで世界中を旅してきた三上勝久が、これまでの旅を振り返り、現地の食事やカルチャー、そして忘れ難き思い出を語る、SIDEWAY。

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「夢の熾火」

 20代で、メキシコ、バハカリフォルニアの砂漠を1000マイル一気に走るバイクのレースに参戦した。普通2、3人でチームを組んで走るこのレースに僕は、1人だけで参戦。トップチームは16時間強で走り抜くのだが、40時間以上もかかって完走した。

 途中何度も挫折しそうになったけれども、人に助けられたり、いろんな出会いがあったことでなんとかレースを続けられ、最後のゴールラインに到達した。以降20年以上、このレースに出たり、レースコースを走るツアーのガイドをしたりするなど、バハカリフォルニアに関わり続ける人生を送ってきた。

 こうした経歴から、アフリカのモロッコやエジプト、モンゴルなどでのラリーに同行したり参戦したりもしてきたが、20代の頃のように「どうしてもあの場所へ、あのイベントに行きたい」「早く行かなければ」といった、胸がヒリヒリするような焦りや情熱は、気がついたら失われていた。目の前にある現実の生活と対峙するのに精一杯だった、ということもある。

 自分の人生が半世紀を超えた頃、ふと思った。今の俺に夢はあるのか。夢とは、こうなったら幸せという「望み」である。望みがなくなったら、それは絶望じゃないのか。

 そこまでシリアスに考えていたわけではないが、かと言って「これをしたい、あそこに行きたい」という気持ちは綺麗さっぱり消え失せていた。仕事で国内外を激しく飛び回っていたけれども、あくまで仕事だし、好きな街に好きなだけ滞在できるわけではない。それはそれで貴重な経験であり、楽しい日々だったけれど、未来に何か、こうしたいという希望や目標が生まれたらいいなあ、とぼんやり考えていた。

 
 そんなときに、僕の目を覚まさせてくれたのが、シェリル・ストレイドの自叙伝を原作とする映画「WILD」(邦題:私に出会うまでの1600キロ)だった。

 離婚や母の死などで心を病んでしまったシェリルは過度の飲酒やドラッグなどに溺れる自暴自棄な生活を送っていたが、店で見つけたガイドブックに惹かれてパシフィック・クレスト・トレイルを歩く旅へと出かけていく……という内容だ。

 パシフィック・クレスト・トレイル、通称PCTは、アメリカとメキシコ国境から、北のカナダとの国境まで続く全長約4250kmのトレイル(自然歩道)である。

 春から秋の1シーズンで、このトレイルの全区間を歩き切ることをスルーハイクといい、通常3~6ヶ月ほどかかる旅となる。この旅の過酷な点は、単に険しい山道を長距離歩くということだけではなく、生活に必要な全てを自分で運ばなければならない、という点にもある。トレイルは自然の真っ只中を貫いていて、ほとんどの区間が街から離れているためだ。

 彼女はスルーハイクを目標として、南側、メキシコ国境に近いスタート地点から歩き始める。過酷な自然のなかで慣れないアウトドア生活に苦労し、トラブルや怖い目に遭ったり、逆にいくつもの嬉しいことがあったりという日々を過ごしていくうちに本当の自分に出会っていく……というストーリーだ。

 
 この映画を見て気付いたのは、僕はこれまで何度も、このトレイル沿いにある街や砂漠に行ったり泊まったりしていた、ということだった。というか、このPCTの看板そのものを見たこともあったのだ。そのときはアメリカに無数ある国立公園の街路標識だろう、くらいにしか思っていなかったのだが、映画を見て、ああ、そうだったのか、と腑に落ちた。

 奇しくも、この映画の前年には、おそらくこのPCTを歩いているハイカーと出会っていたことを思い出していた。

 カリフォルニア、ロッキー山脈の東側にあるビショップという街のゲストハウスに泊まっていたハイカー、一緒にビールを飲んだ彼は、きっとPCTを歩いていたのだ。

 僕はその年、ネバダで行われた砂漠のバイクレースに出たあと、リノからロサンゼルスまで、レンタカーでドライブの旅をしていた。レンタカーはトヨタのヴィッツ(アメリカではヤリス)。パンクしないよう集中しながら、デスバレーの砂利道をゆっくり走りながら、カリフォルニアでもっとも高地にある砂丘、メスキート・フラット砂丘やウヘヘヘ・クレーター、石が勝手に動くレーストラックなどを訪れたりしていた。

 まる一日、誰にも出会わず、路面に集中して走り続ける旅は孤独であると同時に、考え続ける時間でもあった。この映画を見て、僕はそのことを思い出したのだ。

 黙々と歩く。走る。長く遠い先のゴールを目指して歩き続ける。ああ、俺の目指すべきことはここにあったのか、と映画を見て思い出した。若い頃のように熱く焦りに満ちた夢じゃないが、いつか僕はこのパシフィック・クレスト・トレイルを歩こう、と思った。

 いつのことになるかはわからないけど、心からやりたい、そう思えることが見つかったことで僕はとても満ち足りた気持ちになった。思い始めてもう5年以上立つけれど、今もその夢は消えず、心の奥のほうでほんのりと、静かな熾火のように熱を保ち続けている。

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