SIDEWAY

寄り道のススメ

「メキシコの道端パラディソ」

SIDEWAY – 寄り道のススメ
「メキシコの道端パラディソ」

SIDEWAY – 寄り道のススメ
「メキシコの道端パラディソ」

本ジャーナルではすっかりお馴染みとなった元ダートバイク誌編集長、三上勝久の最新コラムが今月から楽しめることになりました。その名も「SIDEWAY 寄り道のススメ」。 これまでの旅を振り返り、現地の食事やカルチャー、そして忘れ難き思い出を語ります。コロナ禍で旅行すらままならない今こそ、遠き彼の国に想いを馳せて、脳内旅行をお楽しみください。

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寄り道のススメ

「メキシコの道端パラディソ」

SIDEWAY 寄り道のススメ
「メキシコの道端パラディソ」

排ガス規制が甘いのかそもそもないのか、メキシコの道路脇に立っていると、ときどき目鼻が痛むような刺激を放つ排ガスを感じることがある。1990年代に比べれば全般に綺麗になったものの、相当なポンコツが多数走っている国道。バハカリフォルニア半島の南北を貫く唯一の国道である1号線だ。  国道1号線とは言っても、ほとんどの部分で片側1車線だ。道の両側には砂の大地が広がる。道幅は大型トラックがギリギリはみ出さずに走れる程度の幅で、うっかりするとタイヤがアスファルトからはみ出してしまう。  

そんな狭い道を、時速120km/h超の速度でクルマが行き交う。コンパクトな乗用車ならさして問題はないが、大型のキャンピングカーを運転していると、大型トラックとすれ違う度に、命をかけたギャンブルに挑む気分になる。頼むからぶつからないでくれ! すれ違う瞬間、目をしっかりと閉じてしまいたくなってしまうくらいの恐怖だ。実際、すれ違い時にサイドミラーが衝突して運転席側(メキシコなので運転席は左側にある)の窓が割れたことも数回ある。

 

バハカリフォルニア半島は、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴの南部に伸びる細長い半島だ。メキシコ本土の最西部にポツンと離れて伸びる半島で、南北の距離はおよそ1800kmほど。最北端のティファナ、メヒカリ付近、中央のゲレロネグロ付近、そして南部のラパス、ロスカボス付近に人口が集中していて、それ以外の部分は太古の時代そのままの自然の風景を保っている砂漠の半島だ。大きさは日本の本州に近い。  

想像してみてほしい。本州の青森付近、東京付近、山口付近に約100万人ずつしか住んでいない土地を。街を出れば、地平線まで視界を遮るもののない原野が広がっている。  

西側には美しい太平洋が続き、東側には穏やかな表情をもつ内海、コルテス海が広がる。太平洋岸はサーフィンの名所がいくつも点在し、コルテス海側はシーカヤッカーやダイバーたちの聖地となっている。太平洋岸では鯨が泳ぐ姿が見られ、コルテス海ではジンベエザメやダイオウイカがゆうゆうと泳ぐ。そして半島の大地は、ビル数階分の高さをもつ巨大なサボテンの森が続く。  

そんな半島の中央部に住む多くの人々の生活の糧は、牧畜だ。牧場と言うと、緑に輝く草原をイメージするのが普通だと思うが、ここバハカリフォルニアの牧場は多くの場合、岩の転がる砂漠である。季節によって緑に覆われることもあるが、ほとんどの季節では乾いた砂漠のままである。その砂漠を、今も馬に乗ったガウチョが牛を追う。  

漁業も盛んで、砂浜に出ると地引網で漁をしている姿を見ることも多い。北部の街ではマグロの養殖も行われている。そのほか、製塩やトマトの栽培、最近ではワインの醸造も急速に盛んになってきている。痩せて乾いた土地がワイン醸造に適しているそうで、北部の街、サンクインティン付近には葡萄畑が広がり、そこで作られるワインの人気と評価は世界的に高まってきているそうだ。    

一方で、アメリカと接する国境付近の街は雰囲気が異なる。人口が集中しているこのエリアはアメリカとの汽水域となっていて、いかがわしさと危険な雰囲気に包まれている。  売春が許可されていないアメリカからの観光客が日帰りで訪れるティファナは代表的な街だ。世界的に著名なシーザーサラダを発明したホテル・シーザーのある歴史ある街だが、アメリカ人向けの土産物屋や薬局、クラブやレストランが立ち並ぶ危険な雰囲気の繁華街だ。  

アメリカでは処方箋が必要な薬が安く処方箋なしで買えることもあり、多くの観光客がアメリカから訪れる。また同時に、メキシコや南米からアメリカに密入国するために北上してきた移民たちが集まる場所でもある。そのため国境付近では、マシンガンを持ったアメリカ国境警備員が多く巡回していて、空にはヘリコプターが舞っている。ものものしく、騒がしい街なのだ。  そんな国境の街とは真反対に位置するロスカボスーー二つの岬、という意味をもつ、バハカリフォルニア半島最南端の街、カボ・サン・ルーカス、サン・ホセ・デル・カボという2つの街もまた、アメリカ的な雰囲気をもつ街だ。  

一年中温暖で、野生のアシカが集まる自然豊かなこの岬は、アメリカ人をはじめ多くの外国人にとって憧れのリゾートとなっており、ウエスティンをはじめとする著名ブランドホテルやゴルフコースが多く立ち並んでいる。そのため、ここにもティファナ同様、外国人向けのバーやレストラン、クラブが集まっていて、夜になると新宿・歌舞伎町のようないかがわしさが漂う街になるのだ。  そんなバハカリフォルニア半島を貫く国道1号線を走り、いくつもの街を通り過ぎていく。そして、それぞれの街を通り過ぎる際に必ず目を引くのが、質素な外観のタケリア(屋台)だ。タコスを売る屋台である。 ちなみに一般的にタコスというけれども、タコスは複数形であり、1つ1つはタコというのが正しい。  

胸ほどの高さのカウンターには、カブやネギなどの野菜がドサドサっと山盛りになっている。その向こう側には鉄板、もしくはバーベキューグリルがあって、薄切りされた牛肉を焼いている。カウンターの端には大概、ケバブのように串に肉が太く巻かれて回転しながら焼くパストールがある。  

カウンターの前には、バス停からやってきた客や地元の人々が立ち並び、タコスを楽しんでいる。  オーダーの仕方は簡単だ。カウンターの前に行き、店員に食べたいタコスの種類と数を言えばいい。牛肉のタコ1つの場合は「ウノ、カルネアサダ」でいい。その際に「アリーナ? マイス?」と聞かれることがある。これはトルティージャ(皮)の種類のことで、アリーナは小麦粉製、マイスはトウモロコシ製の皮のことである。  

メキシコのタコは本来、マサと呼ばれるトウモロコシ粉で作られたトルティージャが一般的だ。ややざらついた食感の小さめのトルティージャで、トウモロコシ特有の風味がある。  一方、メキシコ北部だけにしかないと言われている、アリーナと呼ばれる小麦粉のトルティージャは柔らかくクセがなく食べやすい。マイスに較べると柔らかくやや大きめで、マイスのタコを食べなれていない人にも食べやすい食感だ。  

タコの具材は、牛肉(アサド)、鶏肉(ポヨ)、魚(ペスカド)、豚肉(カルニタス)などが一般的だが、メキシコ各地で何が一般的なのかは異なる。  オーダーすると、トルティージャに具材が乗せられて手渡される。それを受け取り、カウンターの上に置かれているサルサ(ソース)をかけて2つに折って、端から食べていく。好みで、カウンターに置いてあるネギやカブ、ウリなどを挟んで食べるのもいい。これらの野菜はほとんどの場合、無料て提供される。  

サルサは野菜から作られるソースで、日本では時々サルサソースとか言われるけれども、もともとサルサがソースという意味なので、サルサソースだとソースソースという意味になってしまう。なので、サルサでいい。  基本はトマト、コリアンダー、唐辛子を混ぜ合わせたサルサ・ロハ、サルサ・メヒカーナと呼ばれるサルサだ。アボカドをすり潰してサルサ・ロハと混ぜ合わせたワカモレや、コリアンダーを主体としたシラントロなども多い。  

サルサは家庭や店によって異なり、それも店の評価や選択につながる1つの要素となっている。カウンターのボウルに置かれたサルサから、好みのものをタコにかければいい。  

そして、食べる前に忘れてならないのはライムだ。具の上にサルサをかけ、最後にライムを絞ってタコは完成すると言っていい。ライムをかけないタコなんて、醤油をつけないマグロの寿司のようなものだ。  

一般的にメキシコ料理は辛いイメージがあるが、タコに関して言えばそんなことはない。牛肉のタコにサルサ・ロハをかけたものは素材の味が先行したヘルシーな食べ物で、決して辛くはない。  

量もさほど多くはないので、1つだったらすぐに食べ切ってしまう。なので、次々にカウンターでオーダーして、1つづつ食べていく。大人の男性なら3、4個は軽く食べられてしまうはずだ。オーダーごとに具材やサルサを変えれば、無限とも言える組み合わせで、さまざまな味を楽しむことができる。  飲み物は、軽い口当たりのメキシコビールを合わせてもいいし、コーラやファンタなどのソーダでもいいし、もちろん水でもいい。  

満腹になったら、会計係のところに行って自己申告でいくつ食べたか報告し、支払うことが多い。もちろん店によって異なるケースもあるけれども、大概はそんな感じだ。すべての面で、日本に比べて「ざっくり」な感じがする。  

タコを食べていると、どうしても端からサルサの汁が垂れてしまう。なので、みんな顔を傾けて、タコの端から食べていく。反対の端から地面に汁が垂れて砂に染み込んでいく。そんな人々がカウンターに群がって食事を楽しんでいる風景は、なんとも幸せな雰囲気に満ちている。  空は青く晴れ、爆音を立ててトラックやバスが走り去っていく。陽気なメキシカンミュージックが、窓を開け放った車の窓から聞こえてくる。子供達が周囲を走り回り、犬が通り過ぎていく。テンガロンハットを被ったガウチョ(カウボーイ)、軍服を来た軍人の少年、深い皺が顔に刻み込まれた老婆や老人。  

どこか懐かしくて、親しみやすいメキシコの田舎町が、僕は好きで好きでたまらない。ロス・カボスのリゾートホテルでは、もっと清潔でもっともっと洗練された料理が楽しめるけれども、メキシコを感じるなら、やっぱりタケリアだ。  

タケリアには、スペイン語を話せない人も、外国人も受け入れてくれるメキシコの優しさが溢れている。細かいこと言うなよ、みんな仲良くしようぜ、そんなムードに満ち満ちているのだ。  

ムチャスグラシアス、アスタ・マニアーナ!(どうもありがとう、また明日!)。
やっぱり、バハカリフォルニアは最高だ。

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