MIKAMI'S REPORT 006

RALLY MONGOLIA 2017

VOL.3

MIKAMI’S REPORT 006-3

草原の国、モンゴル。この国で、日本の主催者が開催しているラリーが「SSER FA COAT ラリーモンゴリア」だ。ラッキーなことに、このラリーに参戦できることになった元FRM編集長・三上勝久。初参戦のレポートをぜひ読んでほしい。全4話。

そして転倒

MIKAMI’S REPORT 006

RALLY MONGOLIA 2017

VOL.3

 ETAP・5。気をつけていたにも関わらず、スタートした直後のリエゾンでミスコース。前方に2人ほど走っていたので安心していたのだが、どうにもコマ図と合致しない。ミスコースしていることに途中で気づいて僕はGPSで正しい方角へと向かい直し、なんとかSSのスタート指定時刻に間に合った。あさっての方向に走り去っていった韓国人ライダー2名は、だいぶタイムロスしたようだ。
 
 ETAP・4までは、ダンロップD908RRを使用していたのだが、ゾーモットで普段からエンデューロで使用しているD909に前後とも交換。D908はほとんど減ってなかったし、性能にもほぼ満足していたのだが、両者の違いを知りたくて交換したのだ。

 エンデューロタイヤであるD909はさすがにD908よりグリップが良く、どこでも〝ささる〟感じがして快調だ。心配なのは耐久性。なにしろまだ残りの距離は2000㎞もあるのだ。

 すでに大きなペナルティがついていて順位を上げるのは難しいので、後半はミスコースをしないことを目標として走っていた。この日のコースはハイスピードで硬い路面が多いが、晴れていて気持ちがいい。途中のチェックポイントで、上位を走っている福岡秀之さんが転倒して負傷、リタイアしたという情報が入る。無事だといいんだけど……。

同じくETAP-5 で負傷、リタイアとなった福岡秀之さん。ETAP-4 までは総合12位、G2-2 でグループ1 位だった。マシンはCRF450X 改。背骨の圧迫骨折でモンゴルで入院した後、日本に専用機で移送された



 SS・1の後半に近づいてきたとき、ルートの前方を走っている4輪に追いついた。クルマが立てるダストが鬱陶しいので、ペースを上げて抜き去った。途中でハンドルの端につけていたウエアラブルカメラが脱落しなくなっているのに気づいたが、もはや後の祭り。さすがに戻る気にもなれず、そのまま走っていた。

 とにかくミスコースしたくない。大きな地割れをよけてコマ図とトリップメーター、GPSを確認していたら、ふいにフロントに大きな衝撃が来て、その次に空が見えた。次の瞬間、頭と肩から地面へと叩きつけられていた。路肩にあった大きな岩に乗り上げてしまったのだ。

 左肩と左腕、そして足に激痛が走った。そして、足がバイクに挟まれて引き抜けない! 足の先が熱い。エキパイにブーツが押しつけられているのだ。やばい、早くバイクを起こさないと! と思うのだが、激痛でバイクを動かせない。焦っていると、さっき抜いたトラックがやってきて、バイクをどかしてくれた。今回は手伝いで来ている、ハマーというモンゴルの著名なライダーだった。

 彼らが去った後、痛みが引くのを待つ。ラッキーなことに骨折はないようだが、胸を打ったらしく呼吸がうまく出来ない。そして左腕は右腕で持ち上げないとハンドルに手がのせられないくらい痛い。

 それでもSSの最中なので、頑張ってバイクに跨がり走り出すと、すぐのところにフィニッシュがあった。ガソリンスタンドに直行してガソリンを入れ、ガソリンスタンドの横にあった小屋の日陰に横になる。

 タバコを吸おうと思って箱を出すと、中身は空だった。バックパックのなかにもう1箱あるのだが、出すのが面倒だ。そこへ、バイクに乗ったモンゴル人の少年がやってきた。タバコを指さしてなにか言っている。タバコくれってか、バッグにはあるけど面倒くさいな……と想い、空になったタバコの箱を見せると去って行った。

 しばらくすると、彼がタバコを持ってやってきて、どうぞ、という仕草ですすめてきた。彼はタバコをくれと言っていたわけじゃなかったのだ。僕はちょっと反省して、ありがたく1本頂戴した。

無事でひと安心

ETAP-6 最後のデューンを行く本誌・三上。本格的な砂丘はごくわずかだったが、それでもサンドを走る喜びは十分に得られた

 そのあと、5〜6人ものモンゴル人に取り囲まれた。そのうちの1人が、湿布をもってきてくれて、上がらない肩と背中に湿布を貼ってくれた。お礼にタバコや持っていたお菓子ををあげようとしたら、いらない、いらないと身振り手振りで断ってくる。なんて優しいんだ、モンゴルの人たちって!

 時間が経つにつれて痛みは増していったが、走れないわけではなさそうなので、しばらく休んだあとに出発することにした。休んでいる間に、石原さんや小川さんもやってきた。この日は彼らサポート勢もオンルートで移動しているのだ。

 結構ハデなクラッシュだったにも関わらず、バイクに大きく破損した部分がなかったのはラッキーだった。ナビタワー全体が左に歪み、ロードブックケースも変形したけれども動作はしてくれている。RC・7(ラリーコンピュータ)もGPSもヘッドライトも無事だった。186㎞のSS・2と20㎞のリエゾンを走って、無事にビバーク到着。美しい水が流れる小川のほとりにあるツーリストキャンプだった。

 食事を手早く済ませ、ゆがんだナビまわりを直す。横では、クラッシュしてタンクに穴が空いてしまった尾島嘉男さんのマシンを石原さんが直している。尾島さんはこの日、かなりハイスピードの直線で転倒してしまったのだ。しかし体は無事だとのことで良かった。

 一方、福岡さんは圧迫骨折でリタイア。感覚はあるので麻痺の心配はないらしいが、立てる状況ではなく病院に運ばれたとのことだ。

 僕も体が痛かったが、ロキソニンを飲んで(本当は抗生物質だったのだが)さっさと寝ることにした。昼は暑かったが、夜は結構肌寒い。

迫力の一斉スタート

 ETAP・6。この日はスタートしてすぐの草原から、モト、オートともに横一線に並んでの一斉スタートが行われる。スタートはヘリコプターの準備が整のい次第とのことで、スタート地点にみんなでバイクを並べてスタートを待つ。

 その間に、韓国のリー君がニワトリの縫いぐるみをみんなに配って歩いていた。彼はどうも大きな養鶏会社をやっているらしく、チーム名もチキンレーシングなのだ。ちなみに彼は、2014年のBMWインターナショナルGSトロフィ韓国代表選手でもある。

 いよいよ準備が整い、フラッグが振られてスタート! なんとかうまく前に出られて、いいポジションに着くことができた。この日まではほとんど1人で走っていることが多かったのだが、この日初めてHPNで参戦している篠原さん、小栗さんらと一緒に走ることが出来た。途中でまたコースを完全に見失ってしまったが、遠くに小栗さんが走っているのが見えるので、次のGPSポイントまではその煙を追っていけばいい。

 GPSポイントでトリップメーターをリセットし、オンコースに復帰した。この日はこれ以降、ミスコースしなかった! やっとラリー・モンゴリアになれてきた、と思った。

 ナビゲーションミスをしないためのコツがいくつか見えてきたのだ。まず、CAP(方角)を必ずチェックする。曲がる前、曲がった後にだ。次に、クルマが走れる道であるかどうか考える。ラリー・モンゴリアでは4輪も走るため、バイクじゃないと行けないような道はコースにならないのだ。また、先を走っている菅原さんのカミオンのワダチが行っている方向を追う。カミオンは結構コースを外れて草原の中を走っているので、草原に跡がはっきりついていることが多いのだ。一度これに気づいたら容易にコースの行き先がわかるようになってきた。最後に、数十メートル、数百メートルの短距離でコマ図の指示が連続するところを事前にチェックすることも大事だと思った。コマ図がぴったりメーターに合っていると安心してしまい、その直後のコマ図の位置が接近していると、見逃して通り過ぎてしまうことがあるからだ。

 コツはつかんできたものの、それでもやっぱりミスコースはする。でも、徐々に少なくなってはきていた。

終わりが見えてきた

給油はすべてガソリンスタンド。80、92、95 のオクタン価があることころが多く、施設も写真のように日本と比べて遜色ないところが多かった。田舎町に行くと80 しかないところもあった。支払いは現金で後払い、フルサービスだ

 そして、疲れてきているのか、ミスコース以外のポカミスもする。SS・1を終えてガソリンを入れようとしたら、ポケットの中にお金がない。財布代わりの、お金を入れたジップロックを忘れてきてしまったらしい。ガソリンが入れられないとラリーが続行出来ない。

 これは困った……と思っていたら、SS・1でパンクして遅れていた篠原さんがやってきて、お金を貸してくれた。助かった! そのあと2人で雑貨やに行き、アイスクリームとコーラを楽しんだ。篠原さんありがとう!

 SS・2は、アップダウンが続く丘陵地帯をアップダウンし、最後に砂丘が待ち構えるという内容だった。途中から道は濡れたマディになってきて、かなり走りにくくなっていった。僕よりあとからスタートした篠原さんが100㎞を過ぎたあたりで悠然と抜いて行った。速いなあ……。

 最後の最後、フィニッシュの手前近くでまみちゃんに追いつき、抜いてしばらく一緒に走った。少し先に砂丘があるのがコマ図で見てわかっていたので、先回りして写真を撮ろうと思い、先を急ぐ。ラリー・モンゴリアでデューンを走るセクションはほんのわずかだが、しかし写真が撮れたらいいものになるだろうと思ったのだ。

 しかし、砂丘に近づいて深いサンドエリアに入った途端、ハンドルをとられて転倒。後ろを走っていたまみちゃんに助けてもらうという、なんとも間抜けな失態をおかしてしまった。

 この日のゴールは観光客の多い街のツーリストキャンプだった。小栗さんや原君、もうすっかりお馴染みとなったメンバーたちが日射しを浴びてくつろいでいた。旅の終わりがもうすぐそこにある感じがしてきていて、早くももう終わりかあ……と少し寂しく感じ始めていた。

ひどい雨に四苦八苦

 ETAP・7。しかしモンゴルは、そう簡単にライダーを走り切らせてくれない。この日は朝からかなり強い雨となった。砂丘を抜け、牧草地の丘をアップダウンしている間はまだよかったのだが、時間が経つにつれ、かなり強い雨になってきた。

 それでも最初は冷たくて寒いだけだったのだが、後半に近づくに連れて、草原に刻まれたワダチが雨で満たされていってしまった。暗く沈んだ緑の草原に銀に輝くレールが走っているような風景だ。

 浅いところはレールの中を走れるのだが、ところどころ深いところがある。しかし、見た目では深いか浅いかわからない。スピードは80㎞/h以上出ているので、深いところにいきなり入るとかなり怖い。何度か、水たまりに入った瞬間、水の抵抗でステップから足が外れてしまって相当怖い想いをした。また、2日目にサイドスタンドのスプリングがなくなってしまってゴムバンドでサイドスタンドを縛っていたのだが、深い水たまりに入るとゴムバンドが外れてサイドスタンドが出てしまう。そのたびに止まってサイドスタンドを止め直さなければならず、これが結構面倒くさい。

 僕と同じくKTM 690 ENDURO Rに乗る阿部雅浩選手と一緒に走る時間がかなり長かった。SS・1のフィニッシュの手前の水たまりはもはや濁流のようになっており、このあと来るジムニーの流さんたちは大丈夫だろうか、渡れるだろうか……というほどの深さとなっていた。

 ラリーも7日目になり、ようやく大きなミスコースをせず、またマシントラブルもなく走れるようになってきていた。しかし、いらつくのが、こうした寒い日だとトイレが近くなることとだ。些細なことだが、バイクを止めて用を足している間に後続の選手に抜かれてしまう。SSの距離が200㎞以上あるとは言っても、よほどのスピード差がない限り止まっている間に簡単に抜かれてしまうし、遅れてしまう。

 僕の場合、200㎞を超えるSSの場合は一度止まってガソリンを入れる手間もあるわけで、きちんと競技をしようと思ったらやっぱりビッグタンクはマストだと実感した。上位を極めたいわけではないけれども、ベストな環境で走ったほうが面白いに決まっている。

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