MIKAMI'S REPORT 004

FLY WITH MOTORCYCLE

第2話

MIKAMI’S REPORT 004-2

マトミ・ウオッシュで

MIKAMI’S REPORT 004

FLY WITH MOTORCYCLE

第2話

後で知ったことだが、杉山は工具を一切持たずにスタートしていった。これから400kmも走るのに、工具を一切もっていかないというのは、僕にはちょっと信じられない。プレッシャーでアタマが回っていなかったのかもしれない。サポートのイマイが「もっていかないんですか」と聞いたとき、彼は「俺は壊さないから大丈夫だ」と言っていたそうだ。

その杉山が、SPOTを押した時の状況は、彼の説明によると、こうだ。

午後4時くらいにスタートした杉山は、30kmほどのサンドの深いウオッシュボード区間を経て、ドライレイクに入った。やや暗くはなってきていたものの、その頃はまだ夜にはなっていなかったから、全開で走り抜けることができた。ドライレイクの少し先まで、杉山は4日前にプレランしていたこともあり、順調だった。

しかし、コース最南部のマトミウオッシュに近づくにつれ、コースは荒れてくる。サンド、岩、そしてフープス(ウオッシュボード)。モトクロスコースのウオッシュボードが簡単に思えるくらい、イレギュラーかつ、ハンドルをとられやすい深いサンドのフープスだ。

きつい路面になってくると、夜に備えてボレゴで装着したデュアルヘッドライトの重さが、じつに体にこたえるものだということに気づき始めた。ノーマルのヘッドライトで走ったプレランのときのように、フロントホイールを上げて、ギャップを2,3個まとめて飛んでいくことができない。思うような走りができないせいで、余計に疲れていく。

途中、フープスでKX450Fに抜かれた。そのマシンのヘッドライトはノーマルのコンパクトなものだった。これじゃやばいなあ、戻ってノーマルに戻しておけばよかった。そう思うが、もう戻れる距離じゃない。

リズムの狂った走りをするうちに、転倒してしまった。そのおかげで、今度は首が痛み始めた。痛みを我慢して走っていたが、ガス補給で止まったピットで鎮痛剤をもらって飲んだ。これが失敗だった。

この薬の副作用なのか、今度は小便をしたいのに出ないという状態になってしまった。膀胱はいっぱいなのに、止まって用を足そうと思うと、これが出ない。しかし、走っているときに、予期せず出てしまう。

もう、まともに走れる状態ではなかった。さらに200マイルほど走ったところで、今度はハンガーノックと呼ばれる状態になってしまった。いくら食べても、飲んでも足りない。体力は戻らない。体に力が入らない。

おまけに、後ろから化物のような速度のレースカーがやってきた。高さ2m以上にもなるレース用のトラックで、最高速はゆうに300km/hを超える。体力を失った自分がフラフラしているところに、後ろから襲ってくる昼間のような明かりと轟音。コースは狭く、逃げ場がない。命からがら、砂と岩のコースを飛び出て、なんとかひかれずにすんだと少しほっとする。それを、何度も何度も繰り返す。その繰り返しの最中に、大きな岩にチェーンガイドをヒットしてしまった。スプロケットが曲がり、チェーンが外れた。しかも、工具は一切持っていない。もう限界だった。

SPOTのHELPボタンのカバーをめくり、決して押したくなかったボタンを押した。「もう走れない」というメッセージを送るボタンだった。

サポートチーム

SPOTからのメッセージを受け取ったシオノ、タケさん、イマイ、ボレゴで合流したアメリカ在住でサポートのノダ、そして僕はサンフェリーペの近くにいた。杉山がボレゴを出たのが午後4時。距離は400kmもあるから、まあ最低10時間はかかるだろうと読んでいた。ということは、ボレゴに杉山が戻ってくるのは早くても午前2時。ボレゴから100kmほど離れたサンフェリーペでゆっくりメシを食っても、十分間に合う。そんな計算だった。

杉山からメッセージが来たのは、サンフェリーペで美味しいメキシコ料理を食べ、ボレゴに戻る途中でのことだった。
「だめだったかー」誰かがそう言った。でも、その声にも、僕らの間にもシリアスさはなかった。まだ、リタイアなんてまるで考えてなかった。バイクはそうそう壊れない。たぶん、ガス欠だろう。きっと調子に乗って走ってピットを通り過ぎちゃったんだよ、そんな軽口をたたいてみんなで笑う。

自分のパートを走り終え、くつろぐタケさん
走行終了地点直前で転倒、肩を脱臼して到着したシオノ


最悪でもケガか疲れだろう、だってSPOTのボタン押せるんだから、アタマは回って手は動いてるんだし、とみんなで笑う。なんとなく、みんな、この事態を重くは見ていなかった。リタイアって事態を想像すると、現実になりそうで、それが怖かったというのもあるのかもしれない。
 「じゃあ、迎えに行こう」
 「しゃあねえ、拾ったら俺が走るわ」と、今日すでに一度5時間走っているタケさんが言う。確かにそれしか選択肢はない。シオノは、夜のフープスは走れない。

SPOTのGPSから送られてきたGPSの座標位置をハンディGPSに入れ、場所を割り出す。SPOTの送ってきた場所は、レースマイル310のあたりを示していた。「嘘だろう」と僕と、誰かがもらした。杉山がスタートしていったのがレースマイル200マイル地点だ。ということは、110マイル、つまり180kmしか走っていないということになる。杉山がスタートしてから、すでに時間はもう8時間以上たっている。アベレージ22.5km/h? いったいなにがあったんだ? SPOTがおかしいのか? 再び、僕のiPhoneにテキストメッセージが現れた。そのメッセージには、まったく変わらない座標が示されていた。

試しに杉山の携帯電話に何回か電話をかけてみたが、繋がらない。やはり迎えに行くしかない。

(第3話に続く)

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