MIKAMI'S REPORT 002

HELLO RUSSIA

北海道からサハリンへ向かうバイクツーリングの旅

HELLO RUSSIA Vol.2

MIKAMI’S REPORT 002

HELLO RUSSIA

北海道からサハリンへ向かうバイクツーリングの旅

日本の最北端と言えば、いうまでもなく北海道、稚内市の宗谷岬。今は残念ながら運航を停止しているが、その稚内からロシアへと渡るフェリーがあったことを知っているだろうか。わずか5時間フェリーに乗るだけで、元日本領の「サハリン」に渡り、そこでの旅が楽しめたのだ。そのサハリンを4回に渡って旅をした元FREERIDE Magazine編集長の三上勝久が、その旅をレポートしていく。

いかにもロシア、な風景

札幌から稚内まで1日で走り、翌朝9時のフェリーでコルサコフへ。サハリンと日本では2時間の時差があるので、到着はサハリン時間で午後4時30分となった。到着後に入国手続きとバイクの通関手続きに1時間30分ほどかかった。まず、荷物をもって入国手続きを済ませ、それが済んだらクルマでフェリーに戻る。フェリー内で通関を済ませると、やっとバイクでサハリンの道を走れる状態になる。

ツバの大きい帽子を被った検査官が、僕のもっているロシアのイメージ通り厳格な表情でニコリともせずに手続きをしていく。

サハリンをバイクで走るには、事前にビザを申請し、バイクの通関用書類や国際ナンバー、現地での保険に加入するなどの必要がある。また、事前に宿泊先を指定した旅程なども提出しないとならない。なので、稚内まで来たからついでに明日からサハリンに行くか……というわけにはいかない。だが、結局手配を旅行代理店に依頼しないとならないので、結果的にこれらの手続きについて現地で僕らが頭を悩ませることは一切ない。

全ての手続きを終えて港の外に出ると、そこは夕方のサハリンだった。オホーツク特有の靄がかかっていて、いかにもロシア! という陰鬱なグレーの風景だ。事務所の向かいの建物は、古いコンクリート造りでこれまた暗い雰囲気のイメージを醸し出している。道路には砂が浮いていてホコリっぽい。

横断歩道で人が渡ろうとしていたら、必ず止まるように、という注意を受けて右側通行の道を走り出す。面白い。さっきまで日本にいたのに、それから数時間後の今、僕はもうヨーロッパの道を走っているのだ!

アットホームな宿

到着した日の夜は最高、の一言だった。

初日の夜は、オホーツコエという島東部の街にあるオリエンタリ・ロッジという宿に泊まった。外観は重厚なログハウスといった感じの一軒家だが、中に入ると真っ黒に光る床板の雰囲気がいい素敵な宿だった。ロシア政府の要人も使用する高級ロッジとのことだが、インテリアや部屋の調度は質素だ。

貸し切りで使用されることが多いのか、部屋にカギはない。2Fには広い客室が5、6室あり、その中央にビリヤード台が置かれたプレイスペースがある。1階はキッチンと、暖炉を囲むリビング、そしてダイニングルーム。出迎えてくれたのは、2人の女性。1人は60歳前後だろうか母親のような印象の女性で、その娘らしき女性とともに食事を提供してくれた。まるで田舎の親戚の家を訪ねたようなアットホームな雰囲気の宿だった。

食事はカニがメインだった。大柄なカニが生きていたときの姿そのままに茹でられ、ドーンと机に置かれる。僕たち日本人が客ということで米の飯も用意されていた。飲み物はビールとウオッカだ。

食事をしていると、今回のガイドを務めてくれているノマドの伊藤が「バーニャに行きましょう」という。バーニャとは、つまりサウナだ。このロッジの別棟にサウナがあるとのこと。で、ロシアではサウナは男女混浴なのだそうだ。

みんなで食事のあとに、そのサウナを見に行く。そのサウナはロッジの外観からすると随分立派で、広い。サウナ自体は7~8人くらい入ればいっぱいの細長い部屋だが、その手前にシャワールームと休憩所が設置されているので、サウナの棟だけで日本の一軒家くらいの大きさがある。

ロシア人はサウナが大好きで、夏でも真冬でも必ず入るという。サウナで蒸されて暑くなると気温零下の外に出て冷まし、また入る。それを繰り返すのが醍醐味だそうだ。

見に行くだけのつもりだったが、結局全員サウナに入ることになった。サウナにはシーツのようなタオルと、熱よけの帽子が用意されていて、タオルを体に巻き付け、帽子をかぶってサウナに入る。全員その恰好で入ったのだが、その恰好がどうみても爆笑ものだ。みんなで「それはない」「ヘンだ」などと言いながらサウナを楽しむ。暑くなって外に出ると、心地よく爽やかな風が汗をさらっていく。これは楽しい! 休憩所にはビールと水が用意されていて、乾いたノドをそれで潤す。

初日からサハリンの旅は大盛り上がりとなった。しかしこれは冒険ではないな。慰安旅行だ。そんなひねくれた感想を抱きながら、ロシア初日の夜は暮れていった。

転んでも気にしない

「雨が降ると大変」というのは、サハリンに渡る前から春木にさんざん聞かされていた。さもあろう、バハカリフォルニアにもよくある土の道は、濡れるとまるで鏡のよう滑るのだ。

サハリンのダートロードも、ある程度交通量の多い生活道路は砂利が敷かれているが、それより細く、つまり楽しい道は表面が土のまま。水が流れて表面が削り落とされたラッツやウオッシュアウト、自然に柔らかい土の部分が削られて間隔の大きなフープスのようになった箇所などもある。

ラッツやウオッシュアウトはともかくとして、表面が濡れた滑る路面というのは、今回乗っているGSのような重量級バイクにとってはかなりの鬼門だ。タイヤがブロックパターンのメッツラー・カルーに換えられているのでまだいいが、こうした場所では調子に乗るとフロントからスパーン、と持って行かれてしまう。

オホーツコエからオホーツク海沿いに南下しペリカン岬を経てコルサコフへと至る2日目のルート。天候は曇りから晴れだったのだが、前日までに降った雨のせいで、ルートの前半はそうした滑る路面が続いた。

基本、ドライだからスピードは乗る。しかし、小山を越えたあとに大きな水たまりが見えたときにはもう遅い。黒々とした滑る路面がいきなり現れる。アクセルを開けず、ブレーキもかけず、何もせずにバイクを直立させたまま通過するしかない。場合によっては通過する間、クラッチを切るのもアリだ。

狭く曲がりくねったギャップだらけの道を、案外いいスピードで走っていた多聞だが、彼女がまずここでクルンと180度ターンする感じで転倒。滑る土の洗礼を味わった。

彼女はオフロードバイク誌の仕事もしているし、自身ホンダXLR125Rも持っていてダートライディングの経験もそれなりにある。でもこうした長距離のダートライディングは初めてだ。だから、転倒するのも致し方ない。180度ターンして道路の外の草むらに突っ込む転倒だったが、彼女に怪我はなく、G650GSも無傷だ。

彼女がダートライディングに向いているなと思ったのが、結構怖い転倒だったはずなのに笑顔でいること。そうそう、怪我でもしたならともかく、転倒程度で落ち込む必要なんてないもんね! 昨日と今朝は春木も砂浜で転んでいるし、僕も昨日北海道で砂浜に埋まっている。転んだり埋まったりするくらい難しいところを走るのもバイクの旅の醍醐味だし、それでこそ初めてアドベンチャーだと言えるんじゃないだろうか。

ロシアの人々

ペリカン岬は濃霧に覆われていたが、そこで海水浴を楽しむロシア人の家族連れからカニをもらった(笑)。道は、日本の林道にもよく似た細くギャップの多い路面だ。

ペリカン岬からは西に向かう。それまで濃厚だった霧が晴れてきて、どんどんと明るくなっていった。ノビコボという街の近くの汽水湖が見えるエリアまで来ると、気持ちのいい青空が広がる雄大な風景となった。青い空の下に緑の大地が広がり、その横に空の青を映した汽水湖が広がる。真っ白に見える砂利道の左右には、ポツポツと家があり、その庭では洗濯ものが気持ちよい風に吹かれている。

サハリンで発見したのは、日本で言うところの限界集落的なイメージの村でも、幼児から少年、青年、そして老人まで、いい意味で老若男女がバランスよく住んでいることだ。日本では地方の集落に行くと、圧倒的に老人と猫ばかり……ということが少なくないが、サハリンの村は違う。

聞いた話なので正確ではないかもだが、ロシアの住宅は原則として政府からの貸付なので、仕事はなくてもとりあえず住む家はある……ということが、こうした風景が生まれる理由らしい。現在、資源開発でサハリンはだいぶ景気がよいとのことで都市部に住む人も増えているが、それでも仕事がない人たちは実家で親と一緒に住み続けるので、こうした風景になるとのことだ。

まるで廃墟のように見える、灰色の木製住宅群は日本統治時代のものだろうか。新しい家と、歴史を感じる古い家の建ち並ぶ街を走る道はどれもダートだ。その向こうから、上半身裸の少年たちがラーダだろうか、相当に古い乗用車に乗って土煙を上げて走っていく。街の中央にあるマガズィン(乾物屋のような感じだ)でアイスクリームを買って食べていると、日本語の会社名が書かれた日本製のトラックが荷物を配達に来た。村の外れでは、スズキの50ccスクーターに乗った老人が話しかけてきた。一方、ピカピカのBMWなどの高級車も見かける。

こうした田舎で出会うロシアの人たちは、みんなフレンドリーだ。だが、彼らはロシア語しか話さない。ロシア語が理解できない僕たちに、なにかを熱心に尋ねるのだが、僕らはまるでその質問が理解できない。お互いに苦笑いしたり、爆笑したりするわずかな時間を過ごしたあとに彼らは去って行く。

コルサコフ近辺の海岸は、北の地の短い夏を楽しむ家族連れ、若者で溢れていた。いったいこれほどの人口がどこにいるのだろうといったほどの数の乗用車が路上に駐められていて、その向こうの海岸で大勢が海を楽しんでいる。

確かに、暑い。BMWのラリースーツを着込んだ僕らは安心と引き替えに低速では汗だくだ。でも、街を抜けて荒野に入り、スピードを上げると爽やかな風が汗を乾かしてくれる。サハリンへの入り口となったコルサコフの郊外を抜けて、今日はサハリンの州都であるユジノサハリンスクへと向かう。コルサコフからユジノサハリンスクまでは幅の広い舗装路だ。昨日サハリンに上陸したばかりなのに、なんだかもう数日間もこの地にいるような気がしている。懐かしさすら感じながら、コルサコフを抜けていく。それだけ濃密な時間が、この旅では流れていた。